保育園.小学校.中学校.高齢福祉施設などで実施する
お茶の出前講座・お茶セミナーの資料をここに公開します
ご依頼に合わせて10分から60分程度に調節が可能な内容です
講座の目的と工夫について
・茶を通じて日本の伝統や文化を尊重する気持ちを育てる
・地域の特産物である狭山茶に興味をもち
進んで学習ができるようなキーワードを示す
・質問を折り込み理解の程度を確認する
・お茶栽培にかかわる人の想いに気づいているか確認する

お茶セミナー資料


瑞穂町は、 東京都 の 多摩地域 北西部 人口約 32,000人




植物学名:(Camellia sinensis カメリア シネンシス)
ツバキ科 常緑樹

原産地:中国西南部(西双版納、タイ、ラオス国境)
大別すると: 中国種(緑茶・ウーロン茶) アッサム種(紅茶)
茶の特性:茶は永年作物・亜熱帯植物・年間平均気温が13度
年間降水量は1300ミリ
国内栽培北限:北関東と新潟を結ぶ線が経済的北限

緑茶や紅茶、ウーロン茶は同じチヤの木の葉から
作られます。
でもどうして味や香りが違うのでしょうね?
茶摘みした葉を発酵(はっこう)させるか、
しないかの違いです。
もともと葉には酵素(こうそ)があります、
茶摘みをすることによって酵素が動き出して
酸化(さんか)が進みます。見た感じは
「しおれている」様子です。
「緑色」の葉は「茶色」に変わってきます。
緑茶の場合は葉を「蒸す」又は「窯で炒る」
の加熱処理することによって発酵をストップ
させます。
ですから「不発酵茶」とも言います。
それに比べて「発酵」があるのが「紅茶」です。
少しだけ「発酵」させてその後加熱処理をして
発酵を止めるのが「ウーロン茶」です。
発酵には気温や日照が必要になってきますから
紅茶の産地は熱帯や亜熱帯の地域が多いのですね


お茶はもともと中国原産の植物で、
8世紀(奈良時代~平安時代)に遣唐使によって
日本へもたらされたもので、
主には仏教の儀式で用いられました。

日本茶の歴史
*記録では歴史上西暦815年にお茶が登場する
遣唐使の僧により
(中国より伝わった茶でお湯に乾燥して砕いた茶を入れ煎じた、団茶・餅茶)
*その後300年余り殆ど茶の記録が途絶える
*西暦1191年栄西と言うお坊さんが中国より茶の実を持ち帰る
(乾燥した粉末茶にお湯を注ぎ茶筌でかき混ぜて飲んだ、
現在の抹茶とほぼ同じ、他には団茶等色々なお茶があった)
*室町時代には庶民のお茶は番茶で、抹茶は高級品で飲めなかった
*安土桃山時代には千利休が抹茶による詫びさびの世界を確立させた
*江戸時代初期には隠元和尚が渡来し急須を国内に伝えた
(この時同時に伝わった茶は釜炒り製のお茶)
*江戸時代中期になり永谷宗円により蒸し製煎茶製造法が考案される
(宇治製法)
喫茶のはじまり

寺院の敷地内やその周辺に
お茶の種をまいた
東京近郊でお茶栽培のはじまりは
現在の川越付近

南北朝時代や室町時代の文献では
武蔵国の銘茶として無量寿寺の「河越茶」や
慈光寺の「慈光茶」の名前が出てきており、
狭山茶という名前になる以前から
埼玉県においてお茶づくりがあったことが見受けられます。

戦国時代には寺院内の茶園が荒廃し
お茶づくりが途絶えた地域が多かった

現在の入間市宮寺付近より
狭山茶がはじまる

戦国時代にこれらの寺院が焼き討ちにあい、
お茶は一度すたれてしまいます。
この途絶えてしまった武蔵国の茶を
江戸時代後期に復興したのが
吉川温恭(入間市二本木)と村野盛政(東京都瑞穂町)です。
狭山丘陵の周辺に広がる武蔵野台地は水はけのよい関東ローム層に覆われており、
水田耕作には不向きな土地であったため、
当時のこの地域の農村では村の暮らしは決してよくはありませんでした。
そうした状況をよくするために、
吉川と村野は最新の製茶技術を導入し収益性の高い
蒸し製煎茶の製法を目指し、
狭山丘陵の麓で茶づくりを復興しました。
狭山茶産地で作られたお茶が初めて江戸の茶問屋と取引された文政8年(1819年)
当時もまだ契約書には「狭山茶」という地域ブランド名はなく、
「狭山出産の宇治製茶」といっております。
実際に狭山茶というブランド名が使われ始めたのは
明治8年(1875年)に埼玉県域の製茶業者によって、
茶の直輸出会社「狭山会社」が黒須村(今の入間市黒須)に設立され
「狭山茶」というブランド名の統一がなされました。












節分はほとんど2月3日ですが
■節分-2021年2月2日、2022年2月3日、2023年2月3日、2024年2月3日、2025年2月2日
■立春2021年2月3日、2022年2月4日、2023年2月4日、2024年2月4日、2025年2月3日

■八十八夜は
2021年5月1日、2022年5月2日、2023年5月2日
2024年5月1日、2025年5月1日







普通煎茶製造法
摘採~蒸熱(蒸す)~粗揉(揉みながら徐々に乾燥)
~揉捻(加圧しながら揉む
~中揉(更に揉みながら乾燥)
~精揉(揉みながら細長く成型乾燥)
~乾燥(所定の水分まで乾燥)
~再生(太さや長さを揃え茎等を取り除く)
~火入れ(焙煎)
~包装



防霜ファンの役割
新茶の元になる若葉は当地では4月中旬より
伸び始めます。
親の葉に比べて若葉は寒さにとても弱いです。
基本的に新芽は夜間に伸びて昼間に展開
しますので夜間気温がとても大切です。
天気予防で遅霜(おそじも)に注意
しましょう!と
聞いたことがありますか?
風の無い晴れた夜は放射冷却と言って
1時間に1℃気温が下ります。
明け方近くには寒さのピークを迎えます。
地上4メール位にある比較的に暖かい風を
送る事によって遅霜の被害を防ぐことが
期待できます。
遠くから見ると小さく見えますが前述の通り
羽根の直径は1メートルくらいあります。
ファンから10メートル離れた所でも、
家庭用の扇風機よりも強力な風がきますよ!

- 明治時代は麦・さつまの生産や手作り茶と養蚕(ようさん)に取り組む
- 昭和初期は家畜も飼う複合経営を続ける
- 昭和22年製茶工場を創業する
当時は生産量も多くはなかったので
垣根のような畦畔(けいはん)茶園から
茶摘みしやすい茶園に改善を進める - 昭和40年複合経営の養蚕業を終了し茶業に専念する













最近の営業傾向
・都内各地駅付近のおみやげ売店への卸売
・喫茶店.レストランでの需要開拓
・学校給食・民間食堂会社へ卸売
・秋冬期に出前講座お茶セミナー実施
※商談会資料へ
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紅茶・抹茶の できるまで
















